ひとりぼっちの進化学

「ひとりが好きな人へ」「ひとりが寂しい人へ」。寝付けない夜に著者が綴った日々のできごと。

ブログを書く目的とモチベーションについての一考察

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何の為に書くのか

ブログの書き方について記述された記事やハウツー本に必ず書いてある言葉がある。

 

「目的を決めましょう」

「誰に読んでもらいたいのかを明確にしましょう」

 

言われてみれば当たり前である。

 

目的は? と聞かれてまず思いついたのがビジネスだった。

 

誰でも考えるはずだ。

ブログでお小遣い稼ぎができれば、と。

 

でもそこには落とし穴がある。

 

収益化を目的としたブログは書くことを楽しみたい人には向かない。

……そんな気がするのだ。

 

カテゴライズを明確化して読者層を定め、専門的な記事をわかりやすく記述する。

そうして出来上がった記事は確かに有用であろう。

ただそれは、あくまで「辞書的な有用さ」であって、そこに利便性はあれど暖かみはな

い。

 

寝付けない夜の慰めに何気なく本棚に手を伸ばした時、辞書を手に取る人はいない。

 

勘違いしないでほしい。

辞書は大切だ。ブログで収益化している人たちを俺は尊敬している。

出来ることなら俺だってそうしたい。

 

でも、そっちに行くと文章が書けなくなる。

 

そのことに気がつくまで、ずいぶんと長い時間がかかってしまった。

 

だから俺は収益化を目的にしたブログ運営はしないと決めた。

少なくとも、今は。

 

自分の中に渦巻いている思考を文字として表出することで、頭の中を整理する。

 

そのために記事を更新していこうと思っている。

 

アクセス解析を気にしない

他者の評価を気にせず、自身の内側にあるものを文字としてしたためる。

そのことを楽しいと思ったのがmixiからさき、文章を書き始めた時のそもそものきっか

けではなかったか。

 

グーグルアナリティクスやらキーワードプランナーやら、便利はツールはいろいろある。

ブログをカスタマイズしようと思えばいくらでも手段があり、情報はネットの海に溢れ

ている。

 

けれど。

 

数多あるブログの中から検索順位を上げようと試行錯誤するその努力が、

物書きとして純粋に筆を取る楽しみを、喜びを削いでいるのではないか?

 

そう思えてならないのだ。

 

だから今日も俺は便所の落書きよろしく、こうして思いつくままに文章を書いている。

 

物書き仲間の友人が言っていた言葉がある。

 

「画面の向こう側にいる人間が想像できない」

だから、誰かに読んでもらいたいという欲求は強くないのだ、と。

 

俺はそこまで達観した考えは持てないけれど、友人の言わんとしていることは理解できる。

 

そうなれたら楽だろうな、と。

 

アクセス解析に一喜一憂するということは、他者からの評価を気にすることと同義だ。

それは違う。

それは俺の目指している成熟した人間像とは異なる。

 

外部から注がれる視線におもねるのではなく、ただ自分が本当に書きたいことを書く。

そして書くこと自体に喜びを見出す。

 

それこそが最強のモチベーション維持に他ならない。

 

……目指すべき目的地は、まだ、遠い。

 

 

ネットで恋人探し、と聞いたとき何を思うか

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異性と出会う方法に良し悪しはあるか?

 

昔、よく考えた問いだ。

 

誰だって思う。自身の生活線上で自然に異性と出会って恋人になりたい、と。

でもそれが叶わない人がいる。

 

曰く、職場に異性がいない。

曰く、リスクが高い。

 

俺自身、自分の生活範囲で恋愛して失敗した経験があるからよく分かる。

 

最初の恋人は大学のクラスメートだった。

別れた後のグループワークの気まずさ、周囲からの好奇の目線。あれは堪え難い。

 

一つ前の恋は合気道の同門生。

関係の悪化と共に、純粋に稽古に励むことすらままならなくなった。

 

ネットの出会いは悪なのか?

今の恋人とはネットで出会った。

身も蓋もない言い方をすれば「出会い系アプリ」と呼ばれるもので、だ。

 

ある人は言う。そんなの自然な出会いじゃない、と。

ある人は言う。出会い方なんて人それぞれだ、と。

 

一昔前まで結婚相手を親や親戚が決めるのは当たり前だった。

地域共同体の弱体化と並行して進んだITの発達。それに伴って出会いの仕方が変化して

いくのは自然な流れだと俺は思う。

 

そう思ってはいても、憚りなく「ネットで知り合いました」と口にできない自分がここにいる。

 

眉をひそめる人が一定数いるであろうことが予想出来るからだ。

でも待ってほしい。

それは、今この時代に生きる若者が、親から決められた許嫁と結婚することに違和感を

抱くことと同じではないのか?

 

あと10年。

あるいは、5年。

 

ネットで知り合った末の結婚がスタンダードになる日は近づいている。

俺は勝手にそう思っている。

 

 

外遊びの仕方を忘れた大人たちへ

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昨日、埼玉の奥地(失礼)に住む友人宅に遊びに行った。

 

昼飯の後、家の外にそれなりに広い畑…というか空き地があったのでそこでキャッチボールをすることに。

 

ゴム製のトゲトゲが付いているスケルトンなボール。

プラスチック製のおもちゃのようなバット。

 

こんな子供騙しの遊具に28歳と29歳の男二人が夢中になった。

 

いや、夢中になっていたのは俺だけかもしれない。

友人は付き合いの良いやつだから。

 

学生時代にまともな球技をしてこなかった。

部活でも、体育でも、休み時間や放課後も。

興味もなかった。スポーツ観戦とは縁遠い家に生まれたし、それを不満に思ったことも

ない。

 

それなのになぜだろう。バットを振りたいと思ったのは。

 

頭の中に浮かんでいた映像は、「ドキュメント72時間」というNHKの番組。

とある街のバッティングセンターに3日間設置されたカメラが捉えた、様々な人たちの

姿。流し見ていただけの番組なのに、なぜか鮮明に覚えている。

 

ああ…バッティングセンターって、別に下手な人が行ってもいいんだ。

 

そう思ったのだ。

 

1週間前に行った初めてのバッティングセンターで、およそ20年ぶりにバットを振っ

た。もちろん、ほとんど当たらない。

 

それでも楽しかった。

 

だから昨日、友人がおもちゃのボールを持って出迎えてくれた時につい口から言葉が溢

れた。

 

「キャッチボールしようぜ!」

「バットの振り方も教えてくれよ」

 

笑って頷いてくれた元野球部の友人のおかげで、充実した時間を過ごすことが出来た。

 

日が暮れてボールが見えなくなるまでバットを振る。

その楽しさを生まれてから29年たった今の自分でも知ることができた。

 

そのことが、なぜか。

無性に、嬉しかった。

 

 

 

 

一年の計は元旦にあり、って言うけどさ

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一年の計は元旦にあり。

 

誰でも聞いたことはあるだろう。

 

して、その意味はご存知じか?

 

1月1日の過ごし方によって一年の良し悪しが決まる、という解釈が間違っている……ということは覚えていた。

 

一年間の計画は元旦に立てると良いですよ、という意味だと知ったのはつい先ほどだ。

 

というわけで。

既に元旦は通り過ぎているけれど、今年の目標を立ててみようと思う。計画じゃないのかよ、というつぶやきはさておき。

 

・ブログを書く

続かない。続いた試しがない。この記事を書くのも1年ぶりという有様である。

でも文章を書くのは好きなんだ。好きだった、はず。

アクセスとか書き方とか、そういう些事に振り回されるのはもうやめにして、とりあえ

ず書きたいことを書こうと思う。

 

・運動する

ひょんなことから長い間続けていた合気道が出来なくなったので運動不足が危ぶまれて

いる。最近カクテル作りにハマって、酒の消費量が増えている。

だから運動しよう。そうしよう。ジョギングがいいな、と思っている。

実は去年の夏に少しだけチャレンジした。三日坊主になって終わってしまったが。

今度こそ、ね……

 

・勉強する

目標を立てる、と言っておいて仕事面で何も目標がないのはマズい。そう思って挙げて

みた。深く考えると疲れるから考えまい……

とりあえず、自宅にある専門書を少しずつ紐解いていきたい。

 

・婚約する

できるかな? できたらいいな。

 

degeneration17.hatenablog.com

 この記事描いてから1年と3ヶ月しか経ってないのに、この変わりようには驚く。

そもそも相手違うし。

やっぱり恋愛するなら普通の子がいいね。心底そう思った。

 

 

ふう。

こんなものかな。

 

正直、他人の一年の目標なんて聞いて(読んで)も面白くないよね。すいません。

 

ここまで読んでくれた奇特なあなた。

あなたにとっても良い年になりますように。

 

では、また次回。

 

 

100m9秒台を出す日本人選手が今後急増すると思う理由

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欧米の陸上界にかつて「4分の壁」と呼ばれる記録があった。中距離の約1600m走である。

絶対に破られることはないと言われていたが、英国選手によって54年に記録が破られるや否や、次々と20人以上の選手が続いた。(天声人語より一部引用)

 

深層心理が身体におよぼす影響の大きさがよく分かる話である。

 

ひるがえってノミの話。

ノミは体長のおよそ150倍ものジャンプ力を有すると言われている。

 

人間に換算すれば30階建てのビルを飛び越えるほどの脚力だ。

 

だがそんなノミをコップの中に入れて蓋をすると、ジャンプして逃げようにも頭がぶつかって逃げられない。

 

しばらくするとノミは脱出することをあきらめる。

 

その後コップの蓋を外すとどうなるか?

 

もう天井はないのに、コップの底から蓋までの距離しか飛び上がらなくなるそうだ。

 

さて、お次は象の話。

 

固定した柱にくくりつけた鎖の一端を象の足に巻きつける。

すると象は鎖の長さがおよぶ範囲内しか移動することができない。

 

しばらく象をあそばせてから鎖を外すと、その象は鎖の長さを超えて移動しようとはしなくなる。

もはや自身を縛るものは何もないのに、だ。

 

学習性無気力と呼ばれる現象である。

 

だが、それを打破する方法は簡単だ。

 

ノミの場合はコップをデコピンで弾いて揺らしてやればいい。

危機にかられたノミは悠々とコップの縁を飛び越えていく。

 

象の場合も言わずもがなである。

 

今回、桐生祥秀選手が天井の蓋を飛び越えられたのはなぜなのか?

ふと疑問に思った。

 

そして。

 

僕の世界であるコップの蓋はいつ閉められたのだろう。

 

その蓋は今開いているのだろうか。

 

そうだとして、今の僕にそれを飛び超えることはできるのだろうか。

あの夏の名残、三度目の告白

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——あの時こうしていたら

 

誰しもそう考えた経験があると思う。しかし、頭の中で思い描く「あの時」が再び訪れることはない。

それでも考えてしまう。

もし、一年半前の自分がほんの少しだけ違う行動をしていたら。

その後の顛末を変えられたかもしれない。いま彼女の隣を歩いていたのは僕だったかもしれない。

過去を変えることが出来ない以上、その問いかけに意味はない。それでも考えずにはいられないのだ。

だって気付いてしまったから。心の奥底に仕舞い込んでいた感情を見つけてしまったから。

 

 

出会いは合気道の道場だった。

居並ぶ男臭い門下生の中で、五つ年下の彼女の存在はひときわ異彩を放って見えた。

水曜日の19時から20時半。彼女に会えるその90分が特別な時間になったのはいつの頃からだろう。正確には覚えていない。ただ、次第に90分では物足りなくなっていった。

 

最初の告白は7年前、大学生の時。

恋愛のれの字も知らなかった僕は、「今のところ彼氏を作るつもりはないんです」という彼女の言葉にあっさりとうなずいて引き下がった。

今になって思う。当時の僕は恋愛ごっこに酔ったただの青二才だった。たまたま仲良くなれた女の子のことを特別だと思い込んでいただけ。

だから立ち直りも早かったし、翌年にはちゃっかりクラスメイトの女子を好きになっていた。

 

環境が変われば人付き合いも変わる。

出会いと別れを何度か繰り返して、僕は社会人になり彼女は大学に進学した。それでも道場で顔を合わせればよく話をした。はたから見ても仲は良かったと思う。

 

きっかけは本当にささいなこと。

稽古が終わって道着から着替えた彼女の私服がとても可愛かった。お酒が好きで、食事の好みも僕と似ていることを知った。夢を追いかけて頑張る姿に、僕より先に段位を取って袴を履く姿に、時折見せる不安げな顔に、ただただ惹かれていった。

いつの間にか。その言葉が一番しっくりくる。

 

そう。二年前、僕には好きな女の子がいた。

 

二度目の告白は車の中で。一緒に遊びに行った帰りだった。

「私わがままだから。付き合ったらきっと嫌われちゃう」

控え目な彼女の拒絶に、僕は首を横に振った。

「諦めないよ」

僕の言葉に彼女は困った顔で微笑んだ。

 

合気道の合宿では二日間行動を共にした。一緒にプールに行って、誕生日のお祝いをした。

少しずつ、彼女の心が僕に傾いてきている。自惚れじゃなく、そう感じていた。

 

「お祭り行きたいな」

誘ったのは僕からだった。

好きな女の子と浴衣で夏祭りに行きたい。学生の頃からの夢は彼女が叶えてくれた。

群青色の生地に大輪の花をあしらった浴衣が年下の彼女をとても大人っぽく見せていたのを覚えている。忙しい時間を縫って簪や巾着まであつらえてくれた、その気持ちが嬉しかった。

「すごく似合ってる。可愛いね」

感情を表現するのが苦手な僕の精一杯の褒め言葉に、彼女は笑顔で応えてくれた。

 

思い切って手をつないでみようか、葛藤したこと。

大きなリンゴ飴を二人で食べたこと。

夜空に響く花火の振動を彼女の隣で感じていたこと。

まるで昨日のことのように、鮮明に思い出すことが出来る。

 

夏も終わりに近づいてきた頃、二人で花火をしようと約束を交わした。

 

 

……それが最後だった。

約束は、果たされなかった。

 

 

「風邪ひいっちゃったから、また今度にして欲しい」

 

真っ当な彼女の言葉に、あの頃の自分はどうしてあれほど心乱されたのだろう。

ラインの文章が冷たかったから?

ドタキャンされたから?

その後のフォローがなかったから?

どれもバカバカしい理由だ。取るに足らない戯言だ。

彼女に会えなくなった寂しさを理由に、僕はラインを猛烈に送りつけた。恋人らしいことをしているのに恋人になってくれない彼女に対して、溜まっていた不満を吐き出した。

黒い文字列で埋め尽くされたラインのメッセージは、彼女の心をどれだけ傷つけたことだろう。

電話一本。直接話をすればすぐに解けたはずの僕の不安は、こじれにこじれて収拾がつかなくなっていった。

 

「しばらく会わないほうがいいのかもしれないね」

 

僕の発したメッセージに彼女はこう答えた。

 

「そうかもしれませんね」

 

あっという間に数ヶ月が経った。

毎週のように通っていた道場にもあまり顔を出さなくなり、たまに稽古に出る日は水曜日以外を選ぶようになっていった。

花火の約束をした日から一年が経つ頃には、理由は分からなかったが彼女も道場に顔を出さなくなっていた。

 

自分を変えたい。そう思い始めたのはこの頃からだ。

家にいる時間を削って勉強に出かけた。

職業技能研修、コミュニケーション勉強会、交流会……昔は見向きもしなかった行事に参加して、世の中の広さを知った。同時に彼女を失ったのは自分の責任だと心の底から自覚した。

 

僕は結局、自分勝手に気持ちを押し付けていただけだった。

夢があり、学校があり、友達付き合いも趣味も習い事もある彼女が、僕のために時間を作ってくれていたこと。

その意味を、僕は全然理解していなかった。

 

けれどもう取り返しはつかない。

 

諦めようと思った。

諦められると思っていた。

 

あの匂いを、思い出すまでは。

 

彼女の匂い。僕が好きだった人の、香水かシャンプーの香り。

久しぶりに顔を出した道場でのことだ。

 

彼女が来てる。

 

すぐに分かった。顔を見た瞬間、心臓が暴れた。これっぽっちも諦められてなんかいなかった。

 

およそ一年半ぶりの再会である。

普通に話ができたのが嬉しかった。それと同時に、自分の感情に対してどう向き合えばいいのか分からなかった。

 

僕は彼女のことがまだ好きなのか?

 

その答えが出たのはほんの数週間前だ。

道場の開館記念祝賀会でのこと。久しぶりに彼女と飲んでいろいろな話をした。お酒が弱いのにビールが好きで、子供に優しくて、僕の知らない空白期間の苦労を語って涙を流す彼女から目を離すことが出来なかった。

 

もう一度だけ。

もう一度だけ勇気を出して声をかけてみようか。今さら遅すぎるかもしれないけれど、それでも……

 

「今度また一緒に飲みに行かない?」

 

 

「はい、ぜひっ!!」

 

 

暗闇の中に残された一筋の光。

その救いの光は希望の道を照らし出す。「ひょっとしたら」という感情を人の心に抱かせる。ひょっとしたらここからまたやり直せるんじゃないか、新しく関係を築いていけるんじゃないか、と甘い言葉を耳元に囁きかける。

 

二週間後が約束の日だった。

僕が勝手に設定した、「ひょっとしたら」の日だ。

毎日毎日、彼女のことばかり考えていた。一年半前のあの日々、浮き足立っていた夏の日の感情が、自分でもびっくりするくらい鮮明に思い出された。

 

最初から暗闇の中にいる人はそれ以上の絶望を味わうことはない。

けれど、一度光が差すことを知ってしまったら外を目指したくなる。そうやって歩き出して、光の先に足を踏み出す一歩手前でその光が偽物だと気付いたら?

待っているのはより深い絶望だ。

 

「私、最近彼氏さんができたんです」

 

約束の日の一日前だった。

たまらず電話をかけた。もう同じ過ちは繰り返さない。そう誓っていたから、心とは裏腹に口から出る声は冷静さを保てていたと思う。

自分の気持ちを素直に伝えて、それで何とか心を落ち着けようとした。会えばきっと動揺する。だから、「せっかくだけどまた今度にしましょうか?」という彼女の提案にうなずいたんだ。

 

眠れぬ夜を過ごした翌朝。つまり今日だ。今これを書いている今日の昼間、もう一度電話をかけた。

午前中、仕事をしながらずっと考えていたことを伝えたかったからだ。

 

「やっぱりキミに会いたい」

 

彼女は、受け入れてくれた。

 

 

19時から22時まで。

いつもの稽古よりちょっとだけ長い食事会は夢のような時間だった。相変わらず忙しい時間の中、おしゃれをしてきてくれたのが嬉しかった。ワインで乾杯して、イタリア料理に舌鼓を打つ。まるで一年半前にタイムスリップしたかのように話題は自然に溢れてきた。

 

それでもつい考えてしまう。

彼女には今、好きな人がいる。僕が恋人として彼女の隣を歩ける日は、きっともう、来ない。

 

この感情をどう処理したらいいのか。今の僕には全く分からない。

ただ一つだけ分かるのは、この気持ちは偽物じゃないということ。

 

だから。

彼氏がいる女性を好きでい続けられる自分に、ほんの少しだけエールを送ろう。

心の整理をつけるためにこうして文章を綴りながらそう思う。

 

そうだ。

明日車のトランクを開けて、一年半近く放置していた花火を持って来よう。きっとひどく湿気っているだろうけど、二重に包装されている線香花火ならまだ火が付くかもしれない。

 

思い返せば僕の恋は線香花火のようだった。

静かに、鮮烈に燃え上がっては儚く消えていく。とても切ないけれど、そんな恋だって悪くはないさ。

己の役目を全うして火花を散らす線香花火はあんなにも綺麗なんだから。

 

彼女がいなかったら今の自分はいない。

彼女がいたから成長できた。夢を追い続ける真摯な姿勢を僕は彼女から教わったんだ。

 

いつの日か今日を振り返って、「そんなこともあったね」と笑顔で話せたらいいなと思う。

だから今は、目の前のことに全力で取り組もう。

僕も自分の夢を追いかけよう。

 

燃え尽きることのない線香花火に火を灯せる、その日まで。

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

 

およそ3年前の出来事を綴った実話です。

とあるライティングゼミに通っていた時に書きました(それも3年前)。

 

あれから僕は自分を変えようとして色々なことに手を出しました。

その結果が借金の山です。……皮肉なものですね。

 

「小さな一歩から一線を超えてしまうと、気づいた時には間違った方向へ全力疾走してる」

「そうなったら後は最初の一歩を正当化するしかない」

ジャック・バウアー

 

紆余曲折あって今彼女とは3年前より親密な関係になっています(1年以上前に彼氏とは別れたそうです)。

でもそれが幸せかというと、一概にそうとは言えない。

 

さて、今から3年後の僕はどう思っているんでしょうか。

間違った方向に進んでなければ良いのですが……

七桁の借金を背負うハメになった愚か者の話①(自己紹介にかえて)

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その男、名を空澄遊(からすみゆう)という。

関東在住の28歳男(自称)、都内の病院に勤務する理学療法士である。

 

動かない子供だった。

まだ保育園に入る前の話だ。母が幼い空澄と共に床屋に入ると、店主から「小さいお子さんは動いてしまって危ないから」とカットを拒否されたことがある。

 

しかし母は「いえ、この子は大丈夫です」と男児を床屋の椅子に座らせた。

半信半疑の店主が幼子の頭を刈る間、彼は微動だにすることなく目の前の鏡を見つめていたという。

 

母の半径3m以内から離れない。

 

そんな子供だった。

公園に連れて行っても最初に座らせた場所から動かない。周りの子供たちと遊んだり、蝶々を追いかけて走り回ることもない。

 

周囲のものに対する無関心さはどうやら生まれつきのようだ。

 

泣かない子供だった。

夜泣きもしない。注射をされても母の腕をつねりながらしかめっ面で耐える。

 

感情を表出するのが苦手なのも生まれつきなのかもしれない。

 

兄弟がいないかわりに、従姉妹が遊び相手だった。一つ年下の男勝りな少女と、三つ下の女の子らしい女の子。

静岡の田舎に長期休暇のたび遊びに行った。祖母と、二人に会うために。

 

田舎や田んぼが好きになったのはこの頃だろう。

 

小学校の高学年になる頃、一人で新幹線に乗って静岡に行った。

そのとき母が旅の共にくれたのが「ハリーポッター」だ。本が好きになった原点の記憶である。

 

高校デビューには失敗した。

中学ではそれなりに友人がいたにも関わらず、高校では一人の友も作れなかった。

 

環境のせいだと思った。

空澄が通っていた高校は一種独特の校風を持っていたから。

 

しかし大学でも友人はできなかった。

そこでようやく悟る。おかしいのは自分の方だということに。

 

(つづく)

※不定期掲載