ひとりぼっちの進化学

「ひとりが好きな人へ」「ひとりが寂しい人へ」。寝付けない夜に著者が綴った日々のできごと。

二種類の恋愛

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初恋は保育園児だったころ。名前はふゆみちゃん。
好きになった理由も、相手の顔も今となっては全く思い出せない。

ただ「気になる子がいた」という感覚だけが靄のように残っている。

 

明確に異性を意識したのは中学生のころ。転校生の女の子に惹かれた。
全然仲良くなれなかったし、ろくすっぽ話した記憶もない。

ただ卒業アルバムの中から彼女の姿を探していた、あのときの感情の切れ端を捕まえることはできる。

 

初めて付き合ったのは大学生のころ。同じクラスの可愛い女の子。
生まれて初めてラブレターを書いて、呼び出した先で告白した。今思い返してもよくあんな大胆なことができたと思う。


それなりに恋愛経験は重ねてきた。

 

幸せだった瞬間は確かに何度もある。けれど、「幸せな恋愛だった」と心から実感できたのは一つだけ。

しかもそのことに気がついたのは相手にフラれた後になってからだった。


最近感じたことがある。
恋愛には二種類あるんじゃないか、と。

 

頭でする恋愛と、心でする恋愛。

 

お見合いや合コンで出会い、相手のプロフィールや雰囲気を加味した上で「この人だったら良い恋人になりそう」と感じるのが頭でする恋愛。

自分が求める理想の恋人像に相手を当てはめて、最低点を超えた人に抱く感情。

 

もう一つは理想と異なるけれど、相手のこともろくに知らないけれど、ふと惹かれてしまう恋愛。

少女漫画や恋愛映画にあるような心でする恋だ。


どっちが幸せになれる恋愛なのか?

たぶんどっちでも幸せになれるし、不幸にもなり得る。


ひと昔前は結婚相手を親が決めるなんてザラだった。
それでも幸せな家庭を築いた人はいくらでもいるし、晩年になって「あの人と同じ墓には入りたくない」と思うくらい後悔する人もいる。

 

どっちが正解かを決めることはできない。

 

それでも、人が「恋愛したい」と思う時は後者の方を指している方が圧倒的に多いと思う。

合コンや婚活に拒否感を示す人は間違いなく「自然な恋愛」に対して強い憧れを抱いていると思う。

 

かくいう僕もそうだ。


合コンで連絡先を交換した複数の女性のうち、Lineの返信が返ってきた人に的を絞って狙い撃ちする……そんな恋愛には抵抗を感じる。


それでも僕がたった一度だけ「幸せな恋愛だった」と感じたのは頭でした恋のときだった。

出会った先は合コンではなかったけれど、当時の僕の心境としては似たようなものだったから。


そして今、僕は心でする恋愛に苦しめられている。

 

なんとも皮肉なものだ。

頭でする恋は自分を客観視できる。相手の言葉にいちいち惑わされることもないし、感情の浮き沈みも激しくない。

 

でも心でする恋は違う。相手の一挙手一投足に振り回されて一喜一憂してしまう。

喜びや幸福感が大きい反面、些細なことを気にかけすぎて他のことに集中できなくなる。

 


数年後、今この瞬間を振り返ったとき。

「あの頃も幸せだった」(=現在も幸せである)

と言える日が来るのだろうか。

 

今の僕にはまだ分からない。